書籍詳細

ゲームの世界のモブに転生したら、なぜか攻略対象者に囲い込まれて溺愛されています!

八重/著
タカツキノボル/イラスト

定価 : 1,320円(税込)
発売日 : 2024/03/08

内容紹介

君がいなければ僕は幸せになれない

極貧生活を送るロイは、不治の伝染病と言われている『魔力発症病』に罹った公爵家次男ハーディの介護人の仕事を引き受ける。実はロイには前世の記憶があり、ここがゲームの世界で、攻略対象者のハーディの病気は伝染病ではなく、魔力放出をすることで綺麗に治ることを知っていたからだ。ロイはツンデレなハーディを弟に重ね、可愛らしく思いながら一緒に勉強したり、魔力放出のお手伝いをしたりとお世話をしながら過ごしていた。しかし、ある日の魔力放出日にハーディにキスをされ、迫られて!? 「君が僕のものだって確かめたい」彼の一途な想いに押し倒され貫かれてしまい――。ツンデレ攻略対象者と前世持ちモブ介護人の執着ラブコメディ!

人物紹介

ロイ

前世の記憶を持つ。極貧家族を養うため、破格な高給を得られるハーディの介護人になる。

ハーディ

公爵家次男で攻略対象者。生まれつき魔力量が膨大なため『魔力発症病』に罹り苦しんでいる。

立ち読み

1 介護人の誕生


「ヤッフゥ―――!」
 俺は張り紙を握りしめ、勝利の雄(お)叫(たけ)びを上げる。
 ここは口入屋、職業紹介所だ。まあハローワークみたいなものだな、民間だけど。
 俺が手に握りしめている紙は、求人の申し込みがなく、ずーっと張られたままだったらしい求人票。ちょっと端がボロッちくなっている。
 だが、これこそが俺が求めてやまなかった求人だ。
 求人票は、求職者に文字の読めない者が多いため、独特の記号のようなもので書かれている。受付に依頼すれば内容を口頭で教えてくれるのだが、口入屋利用歴の長い俺は、内容を難なく読み取ることができるのだ。
「この求人に申し込みます」
 俺は焦る心そのままに、カウンターに求人票を突き付ける。ここまで放置されていた求人だとは分かっていても、他の人に取られたくない。
 この口入屋は家からちょっと遠いから、今まで来たことはなかった。もっと早く来ておけばよかった。でも、この求人に出会えて超ラッキーだ。
 これはコーディロイ公爵家から出された介護人募集の求人だ。病気に罹(かか)った公爵家の次男を看病する仕事。
 食事付き、住み込み可。給金は週払いの上に破格な高給。申込者の学歴家柄不問。
 ここまでいい条件なのに、求人票の状態からすると、今まで放置されていて申し込む者が誰もいなかったのだろう。もしくは申し込みがあったにもかかわらず、求人票が元に戻されてしまった、ようするに申し込み者が逃げ出したということなのだろう。
 それは何故か。公爵家の次男が罹っている病気が問題なのだ。
『魔力発症病』
 人よりも多い魔力を持った者が罹る病で、魔力を自分では体外に排出することができない奇病だ。
 とはいっても、魔力が身体の至る所から吹き出て、全身吹き出物だらけになるが、それだけなのだ。
『魔力発症病』は、吹き出物以外にはこれといった症状はない。病人自体はピンピンしている。介護人の仕事は身の回りの世話をすることぐらいなので、介護する側にすれば、とても楽ちんだ。
 それでも問題は二つあって、一つ目は吹き出物の見た目がもの凄く悪いということ。身体はもとより顔、それも瞼(まぶた)や唇にまで出てきて、顔形なんて分からなくなってしまう。全体がブヨブヨと膿(う)み爛(ただ)れて、化け物のように見えてしまうのだ。
 でも俺に言わせれば、見た目はあまり問題ではないと思うんだよね。だって直視しなければいいだけだもの。普通に喋(しゃべ)れるから意思の疎通もできるし、横を向いていればOKじゃないか。
 問題は二つ目。全身の吹き出物は破れても破れても次々と出てくる。そして吹き出物が破れる時に、強烈な臭いを発して辺りに臭いが充満する。
 臭いは生理的に無理なものらしく、病人に近寄りたくないどころか、病人のいる建物にすら入りたくなくなる程らしい。
 見た目が悪ければ目を逸らせばいいけれど、臭いはどうしようもない。息を止めておくことにも限界がある。介護人として病人の世話をするのならば、病人の近くにいなければならないから、ここがネックになってしまう。
 そして、この病気は伝染するといわれている。
 実際は伝染などしない。だって魔力病なのだ。魔力の無い者にうつるわけがない。
 それなのに、あまりの外見の悲惨さからまことしやかな噂が流れ、世の中では『魔力発症病』は伝染病認定されている。
 介護人の求人に申し込みが無い理由がそれだ。
 だけど『魔力発症病』はそんなに長引く病気ではない。第二次性徴期が始まる十三歳ぐらいから発症して、二年から四年ぐらいで治まってしまう。多すぎる魔力に身体の成長が追いつくため、吹き出物が治まると考えられている。
 ただ問題なのは、病気が自然治癒した場合、吹き出物はそのままで病気が治まるため、全身に吹き出物の痕が消えないで残ってしまうということ。外見の醜さから社会復帰は絶望的と言われている。
 たぶん公爵家も、次男の社会復帰は諦めていると思う。
 だ・け・ど。
 俺は知っている。コーディロイ公爵家の次男ハーディ=コーディロイが全快することを。
 全身の吹き出物は跡形も無く消え、ツルッツルのピッカピカのイケメンになることを知っている。
 それどころかハーディは、『魔力発症病』を克服した後に入学する学園で、ヒロインちゃんと運命的な出会いをして、キャッキャウフフの幸せいっぱいエロいっぱいの学園生活を送ることを俺は知っているのだー!
 なぜなら俺は前世を憶えているから。
 この世界は俺が前世でやっていたエロゲー『学園ラブハメパラダイス』の世界だと気づいたから。正確にはR18の乙女ゲームなのだが、余りにもお色気シーンが過激なため、男性人気が異常に高く、エロゲーと呼ばれていた。かくゆう俺も愛好者の一人だった。そんなゲームの世界に転生してしまっただなんて、誰も信じちゃくれないんだろうな。
 そのゲームに登場する攻略対象者の一人がハーディだ。
 求人票を手にした時に『魔力発症病』の過去を持つ攻略対象者がいたことを思い出した。
 小さい頃から前世の記憶があったけど、それが何かの役に立つことなんか今までなかった。
 この世界がエロゲーの世界だと気付いた時も信じられなかったけど、まさかその知識が役立つことになるとは。人生何があるか分からないものだ。ありがとう前世の記憶。ありがとうエロゲー。
 俺はエロゲーの記憶をもとに、美味しい人生を歩ませてもらうよ。高額報酬の仕事をゲットだぜ!
 もともと前世の記憶は、凄く鮮明な所とぼんやりしている所があって、自分がいつ頃死んだのかとか、何が原因で死んだのかとかは、ぼやけすぎて分からない。それなのに前世でやっていたエロゲーのことだけはハッキリと記憶に残っている。
『学園ラブハメパラダイス』を俺は前世ですごくやり込んでいたみたいだ。
 R18のゲームをやり込む俺って……寂しい人生を送っていたのか? いやいや男子たるものエッチなゲームをやるのは当たり前だよな。
 ゲームの登場人物紹介の中に、攻略対象者であるハーディの過去が書かれていた。『魔力発症病』に罹り、悲惨な体験をしたという一文を見た記憶がある。
 ハーディは公爵家の息子のうえに見目麗しく凄くモテるのだが、その経験がトラウマで人間不信になっており、男性だろうと女性だろうと誰一人自分に近寄らせない。
 そんなハーディを思いやり、寄り添い、パンツまで脱いじゃうのがヒロインちゃんなのだ。デフォルト名は、たしかパール=ロワイヤルだったはず。
 フワフワのシュガーピンクの髪に濃いローズピンクの瞳をした、フリルてんこ盛りの美少女だ。
『学園ラブハメパラダイス』はR18のゲームなだけあって、パールは肌色成分の多いヒロインちゃんだった。
 ゲームの攻略対象者は、たしか六人いた。ゲームが進んでいくと、攻略対象者全員の好感度が上がって仲良くするようになるから、ありえないことに六股女になっていく。
 それでいいのかヒロイン! と思うのだが、R18ゲームだからそんなものなのだろう。
 まあ現実世界でそれをやられたら、殺生沙汰になるだろうけど。
 ハーディのトラウマである『魔力発症病』の話は、ゲームの中では過去の回想の部分でチラリと出てくるだけだ。人間不信になっている原因はその当時の介護人の存在だとハーディ本人が言っているが、介護人の名前すら出てくることは無い。モブ以下の存在でしかないのだ。
 そんな介護人の職に、俺は申し込もうとしているわけだ。
 俺は今年二十歳の男だけど、平民よりも貧乏な貧民の家に生まれた。そのため教会が運営している無料の学校にさえ通ったことの無い非識字者だ。ようするに文字が書けないし読めないということだ。
 そのためか仕事が無い。体格もチビガリで肉体労働もできはしない。おかげでこの歳になっても定職に就けていない無職という状態なのだ。
 家族と一緒に住んでいるのだが、自分の食い扶(ぶ)持(ち)すらなかなか稼ぐことができていない。
 そんなカツカツの生活の中、親父はどうしてしまったのか女を作って駆け落ちしてしまった。俺もお袋も呆然としたぜ。目玉ポーンというやつだ。
 この頃の親父は仕事をしていなかった。もしかして女と会うためだったのだろうか? あんなしみったれた親父に付く女がいたとは。
 親父のことは、俺もお袋も『どうでもいい』とすぐに割り切った。ただ親父は優しかったから、弟と妹は慕っていた。
 それに親父は無職とはいえ日雇いの仕事をたまにはしていたから、その収入が無くなってしまったのは痛い。生活苦がレベルアップしてしまったのだ。
 こんな貧民の家に生まれたのに弟は頭がいい。
 なんとか教会の慈善学校に通わせているのだが、教会から上級学校に推薦するから行かせてみてはどうかと打診を受けた。
 そして妹は可愛らしい。
 比喩ではない。兄の欲目もそりゃあ有るけど、本当に美人さんなのだ。
 街中にあるなかなかに大きな商家の息子が妹を見染めて、嫁にしたいという話が来た。
 俺も相手のボンボンを見たことがあるが、妹の容姿だけを気に入った女たらしではなさそうで、真面目そうな好青年だった。
 それに妹自身がボンボンのことを好きみたいだ。
 俺は家族(親父を除く)には幸せになってほしい。
 弟を学校に行かせてやりたいし、妹を嫁に出したい。お袋にも楽をさせてやりたい。
 そのためには金がいる。
 弟の学費、妹の支度金、お袋の老後資金。俺には金がいるのだ。金を稼がないといけないのだ!
 求人票をグッと握りしめる。
 ハーディの見た目が化け物だろうが、臭いが強烈だろうが、それが何だと言うのか。それに感染する病気ではないと分かっている。
 俺はハーディの介護人になる。家族のために、どうしても金が必要だから。
 エロゲーの中でハーディは、闘病中は介護人から酷い扱いを受けたというような話をチラリとしていた。
 俺は、いくらここがゲームの世界だとはいっても、ゲームのシナリオ通り、雇い主というか病人相手に酷い扱いをしようとは思わない。でもゲームの強制力で、ハーディには俺の存在自体が酷い介護人に見えてしまうのかもしれない。
 一緒に生活をすることになるのだから嫌われるのはしんどいと思う。それでも俺は介護人になると決めた。
 突き付けた求人票を受け取ってくれたカウンターのお姉さんから紹介状を貰(もら)うと、そのままコーディロイ公爵家(就職先)へと向かうのだった。

     ***

 ハーディの療養のために用意された屋敷は、コーディロイ公爵家の敷地内の一番端に建てられている小さな建物だ。
 間取りは一階に食堂と応接室、使用人部屋。二階にハーディの寝室と介護人部屋。
 小さな建物と言っても、部屋の一つ一つが無駄に広くて、俺の家よりは何倍も大きい。
 今は老夫婦がハーディの世話をしている。
 高齢の二人で、掃除しか手は回っていないらしい。このご夫婦は、もともと公爵家の庭師と洗濯などの下働きをしていた人達で、ハーディの世話を誰もしたがらないのを知って、幼い頃より知っているハーディに情があり引き受けたのだそうだ。
 思ったより高齢みたいで、二人ともに腰が曲がっている。働くのは辛いだろうに、他に介護人のなり手がないので続けているのだろう。
 食事や必要な物資は、建物の入り口横の庇(ひさし)下まで、本邸の使用人が届けてくれる。

「失礼しまっす。本日よりお世話になります、ロイでーす」
 ハーディがこもっている二階の寝室のドアを遠慮なしにガンガン叩く。
 ハーディは発病から一年以上が経っているが、いまだ絶賛引きこもり中だ。
 まあ、今までチヤホヤされていた前途有望な公爵家次男坊から、いきなり社交界復帰絶望的な将来性ゼロの厄介者になってしまったのだから、しょうがないっちゃあしょうがないよね。
 キャッキャウフフでエロエロの輝ける未来が本当は待っているのだけど、知っているのは俺だけだし。
 ただ俺も介護人としてこの屋敷で快適に過ごしていきたいから、ハーディにはご協力願わなければならない。
 そのためにはハーディが引きこもっていようと関係ない。
「入りますね、お邪魔しまぁす」
 病人の部屋に内鍵などは無い。俺はバーンと擬音が飛び出しそうな勢いで扉を開け、スタスタと入って行く。
 扉の前にタンスなんかを置いて開けられないようにしとけばよかったのだろうけど、今までの介護人は臭いがダメで建物に入れなかった奴や、ハーディを一目見て逃げ出した奴ばかりで、ハーディの部屋へ突撃した奴なんかいなかったのだろう。
 おかげで、俺は簡単に部屋の中へ入ることができた。
「どうもぉ、今日からお世話になりまぁす。っていうかお世話させていただきまぁす。ロイって呼んでください」
 スマイル。
 第一印象は大切。イケメンなハーディとは違って、俺は地味なモブ顔だから愛想笑いは必須。
「きっ、貴様っ。誰が入っていいと言った!」
 ハーディは部屋の真ん中にあるソファーに座ったまま固まっていたが、我に返って激怒しだした。
 たぶん『魔力発症病』になってから、老夫婦以外に言葉を交わした人はほんの少し。屋敷の使用人ともろくに話なんてしていなかったんだろうなぁ。人に対して慣れていない感じがする。
 なんせこの病気は、うつると思われているから。使用人どころか家族すら関わりが無くなっているのだろう。
 重要な地位にいる公爵夫妻の父ちゃん母ちゃんや跡取りの兄ちゃんは、この建物には近づくことすらしないだろう。
 いや、家族から捨てられたわけじゃない。別邸の使用人であるじーちゃんばーちゃんに挨拶した時に話してくれた。家族も周りから止められて近づけないのだと。
 なんせ主治医からしてうつる病気と思いこんで、まともな診察をしていないらしいのだから。

 実は俺がこの別邸に到着したのは昨日だった。本邸に紹介状を持って行ったけど、面接すら受けること無く、そのまま別邸へと追いやられてしまった。
 別邸は近づいただけで臭いが感じられた。想像以上の臭いで建物の中に入るのをちょっと躊躇(ためら)ったぐらいだ。何ともいえない生臭さが漂っていたから。
 それでもグッと堪えて中に入ると、顔をしかめる程の臭いに襲われて吐き気をもよおした。
 臭いがなんだ! 今日からこの家で寝起きをするのだから耐えろ!
 弟と妹、お袋の顔を思い浮かべて踏ん張る。家族の幸せを思えば吐き気なんかどうということはない。
 少しすれば鼻がバカになって、臭いは分からなくなるはずだ。少しの辛抱だから頑張れる。
 そのままハーディには接触せず、じーちゃんばーちゃんに仕事を教えてもらいながら臭いに何とか耐えた。二回ほど吐いたけど、吐けば吐くほど臭いには慣れていった。
 おかげで閉め切っていたのか臭いが充満しているハーディの部屋に突撃しても、くさいとは思ってももう吐くことは無い。

「ということで、ご協力願います」
「何が『ということ』なんだ。いきなり部屋へと入って来て何て失礼な奴だっ! 僕は入室の許可を出していない。早く出て行け!」
「出て行きませーん。許可をもらって入るようになるのは、ハーディ様が引きこもりを止めた時でーす」
「貴様っ、使用人のくせに何という態度だっ。クビだっ。お前はクビだからここから出て行けっ」
 ハーディはソファーから立ち上がると、俺を部屋から追い出そうと思ったのか近づいてきた。
「残念ながら俺はコーディロイ公爵様に雇われているんで、ハーディ様がクビにすることはできないんですよねぇ。せっかく俺の近くまで来てくれたんですから、ついでにこれを書いて下さい」
 俺は怒り心頭のハーディにペンと紙を渡す。
「これは何だ」
「本邸に請求する物資依頼書です。ハーディ様の肌着やシーツは、一度使ったら廃棄しているそうですよね。新しいのを取り寄せないと、予備がもう残り少ないそうです。それと俺が来ましたから、食事も増やしてもらわないといけませんし、生活用品も色々と入用です」
「こんなもの、僕が書く必要はないっ。お前が好きに書いて出せばいいじゃないかっ」
 ペンと紙を俺に投げつけようとするのを、なんとか押しとどめる。
 ムカつくことに、ハーディは俺よりも年下なくせに体格はほぼ一緒だ。
 どうせ俺はチビガリだよっ。
「ハーディ様はご存じないかもしれませんが、世の中には文字の読み書きができない者がいるんですよ。そして俺がそうなんです。文字を書きたくても書けません。このままではハーディ様のパンツのストックが無くなりますけどよろしいのでしょうか? まあ屋敷の中なら、フリチンでもいいっちゃいいですけど」
 今までハーディの周りにいたのは、家族も友人も爵位を持った高貴な人達ばかりで、たまに関わる平民さえもマナーや教育が行き届いた者達ばかりだったのだろう。世の中に貧しい者達がいること自体知らないのかもしれない。
 貧民は本の中にしかいない幻とか都市伝説的な存在と思っているのかも。
 珍しい者に会えて良かったじゃん。まあこれからは、毎日顔を突き合わせることになるんだけどね。
「パンツを穿きたいなら書いてください。あと石鹸も少なくなっていましたし、箒(ほうき)が一本壊れたそうです」
 ハーディがこちらを凄い顔で睨(にら)みつけているのが分かる。が、ちゃんと書いてくれる。
 根が素直なんだろうな。
 まあエロゲーの攻略対象者なのだからナイスガイだよね。介護人(俺)のことは嫌うかもしれないけど。
 次々と追加する俺の注文を、ハーディはちゃんと書いてくれた。今回の本邸への物資依頼は大量になった。
 いつもはじーちゃんばーちゃんが書いていたらしいけど、二人とも目は見えにくいし文字を書くのも苦手らしい。
 食事は本邸から届けられるので、食べ終わった食器を返却する時に、この依頼書も置いておくと、一緒に持って行ってくれるのだそうだ。
 依頼した品物は、次の日にはほぼ全て届けられるというのだから、さすがは公爵家だよね。
 何枚にもなった物資依頼書を、俺は食器と共に返却用のカートに乗せるのだった。

     ***

 昨日は依頼書を書いてはくれたけど、すぐにハーディに部屋を追い出されたから、ハーディとの触れ合いはそれで終了してしまった。今日は朝からハーディの部屋へと突撃してみる。
「おっはよーございまーす。シーツの交換にきましたぁ。起きてますかぁ」
 けっこう早い時間だったが、すでにハーディは起きており、身支度も終わっている。偉いね。
「おっ、お前はっ、いきなり部屋に入ってくるなと何度言えば」
「ロイって呼んでください。今日はいい天気ですよ。爽やか爽やか」
 俺はベッドのシーツをさっさと交換する。
 どうしても肌着から染み出した膿がシーツに付いてしまい、ところどころにシミを作っている。感染すると思われている吹き出物の膿が付いたシーツは、屋敷の裏で即座に焼却される。
 ハーディの肌着も同じ扱いだ。
 ベッド脇に脱ぎ捨てられた下着を回収しながら考える。
 公爵家の息子が使うシーツや肌着は、とても高級品で捨てるにはもったいない品だ。洗えば使えないだろうか?
 洗ってみて臭いがどれくらい落ちるか、やってみる価値はある。
 貧民の俺にすれば、洗濯で汚れは落ちているのだから、シミが残っているぐらいどうってことは無い。臭いが無ければ問題なく使える。
「お、お前は、何で残っているんだっ」
「はい?」
 シーツ交換が終わったので次は掃除に取り掛かろうと、持ち込んだバケツにぞうきんをインしていると、ハーディが叫んだ。
「ああ、住み込みで働かせてもらっていますから」
「違うっ。そうじゃなくて、何で嫌になって出て行かないんだっ」
「ええぇ、そんなに追い出したいんですかぁ。ひどいなあ。そうですねぇ、ハーディ様がもう少し声を抑えてくれたら耳が痛くなくて快適ですかねぇ」
「違うっ。僕はくさい。分かっているんだ。そんなくさいヤツに何で近づけるんだっ」
 ハーディは癇(かん)癪(しゃく)を起こしたかのように声を荒げる。
 今まで求人に申し込んできた介護人は、なんとか我慢して家の中に入ることができたとしても、ハーディに会った瞬間、鼻を押さえて逃げ出していたらしい。
 じーちゃんばーちゃんが涙ながらに俺に教えてくれた。
「臭いねぇ。臭いには慣れましたよぉ」
「慣れるはずなどないだろう!」
「そう言われましても、吐いてもいないし鼻をつまんでもいないでしょう」
「そんなはずはないっ。僕がくさいから近づきたくないことは分かっているんだ」
「はいはい。くさいって言いますけどね、じゃあご自分はどうなんですか?」
「え?」
「ハーディ様は自分の臭いに吐いたりしないでしょう。俺もそうですよ。臭いなんて慣れてしまえばどうってことはないんです。俺の鼻はバカなんで、お気遣いなくぅ」
「そんな……」
 ハーディは、一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直したようにまたも喚きだす。
「じゃ、じゃあ、僕の醜い姿を見て、どうして逃げないんだっ」
「醜いねぇ。俺はハーディ様の醜い姿を見ていませんけど。そろそろその仮面を取ったらどうですか?」
 俺はハーディに提案してみる。
 ハーディは吹き出物のある顔を隠すためなのか、顔全体をすっぽりと覆ってしまう仮面を着けている。
 その上、首の詰まった長袖の上着に、長ズボンをはき、手袋まで着けているから、肌が見えている場所はほんの少しだ。
 これから暑い季節になってくるのに、このまま頑張るつもりだろうか。
「ふん。お前は僕の醜い姿を見ていないから、そんなことが言えるんだ」
「深窓の令嬢みたいな恰好をされていますから、そりゃあ見ていませんけどね。自宅でその恰好をする必要があるんですか?」
「化け物の僕の姿を見て、嘲(あざ)笑(わら)う気かっ」
「いえいえ、そんな恰好の方を嘲笑いますよ。屋内で熱中症は勘弁してくださいよ、介護人の責任になっちゃいますから」
『魔力発症病』の人たちは、全員吹き出物ができて醜くなった顔を見られるのを嫌がり、仮面を着けるのだと聞いた。
 でもそれって、吹き出物がなおさらかぶれるんじゃないか?
 皮膚疾患って風通しがよくないと、ますます酷くなるよね。治るものも治らない。
 エロゲーの中では、ハーディは病気を克服し後遺症なんかちっともなかった。それこそ毛穴さえないようなツルツルの綺麗な肌をしていた。
 今の状態じゃエロゲーに支障をきたす。改善した方がいいだろう。
「ということで、仮面を取りましょう」
「何が『ということ』なんだ。お前の話はおかしいぞっ」
「いいですか、ここは家の中です。俺やじーちゃんばーちゃん以外誰もいません。そんな場所で仮面を被る必要なんかないんですよ。ずっと仮面を着けていたら治るものも治りません。仮面を外してパンイチでいてください」
「おっ、お前は何を言い出すんだ。この醜い姿を晒(さら)せというのか。それにパンイチとは何だ?」
「服を脱いでパンツ一枚でいいってことですよ。いいですか、俺は介護人なんです。介護人は病気が少しでも早く回復するように手助けをするために雇われているんです。その俺が言うんですから、間違いないです。今日からパンイチになりましょう」
 俺はハーディの服を脱がそうと、手をワキワキさせながら近づいて行く。
「や、止めろっ。近づくなっ。僕はパンイチになんかならないぞっ。お前は僕の病気が良くなるように、と僕を思いやったようなことを言うが、どうせ金目当てだと分かっているんだ。僕にかまうな!」
 ハーディは自分を庇(かば)うように、両手で身体を抱きしめている。
 今までハーディに近づいてきた者達は、公爵家に取り入りたい者や報酬目当ての者達ばかりだったのだろう。それなのに病気で醜くなったハーディの容姿や臭いに耐えきれなくて、皆逃げ出してしまったのだ。
 ハーディが疑り深くなるのも分かる。
「ええそうですよ。俺は金目当てです」
「えっ……」
 俺の言葉に、言った本人であるハーディの方が傷ついたように思える。
「俺は使用人ですよ。使用人はお給料を貰うために働くんです。給料がなければ生活できませんからね。無給で働く人のことはボランティアっていいます。俺は金目当てですから、なおさら仕事には責任を持ちます。ハーディ様の介護人ですから、ハーディ様の病気が早く回復するように全力を尽くします。そして仕事を途中で放り出したりしません。ハーディ様の元からいなくなったりしません」
 俺はキッパリと言い切る。
 どんなに強がりを言おうと、ハーディはまだ十四歳の子どもだ。誰かに縋(すが)りたいと思っている心細い子どもなんだ。
 俺はニヤリと笑うと、ビシリとハーディに指を突き付ける。
「残念ながら俺は出て行ったりしませんよ。どんなにハーディ様が追い出そうとしたって、ハーディ様にまとわり付きますから観念してもらうしかないですね。それに『魔力発症病』は治る病気なんです。どうせなら綺麗に治った方がいいじゃないですか。パンイチに抵抗があるなら徐々に薄着になっていきましょう」
「僕の病気が治る……ふ、ふんっ。気休めも大概にしろ。そんな言葉で僕が懐柔されるとでも思っているのか」
 俺が出て行かないと言ったことに、ちょっとは安心したのかハーディの怒りは収まったらしい。ただ今度はツンデレが発動したようだ。
「わざわざ懐柔する必要なんてありませんよ、お給料はコーディロイ公爵様から頂いていますから。それにハーディ様の病気は治るって決まっていますから」
「この病気のことを知りもしないで、いいかげんなことを言うな!」
「俺は『魔力発症病』に罹ったことはありませんが、この病気は治るって分かっているんです。必ず治りますし、死にもしません。だいたい『魔力発症病』は思春期特有の病気なんです。あと少し成長すれば嫌でも治ってしまいますよ」
「うっ、嘘を言うなー!」
 仮面を着けたまま、ハーディは大声を上げる。泣いているのかもしれない。
 考えてみればハーディは、エロゲーのことを知らないし診察している医者はヤブだ。医者のくせに『魔力発症病』を伝染病だと思っているらしく、診察もろくにしないのだとばーちゃんが言っていた。
 ハーディに『魔力発症病』のことをキチンと伝えた者はいないのだろう。
 病気になって何も分からず不安な時に、この離れに追いやられ放置されれば、そりゃあひねくれてしまうよな。
「それにしてもハーディ様のグレ方はお可愛らしい。根がとても素直な方なんですね」
「お、お、お前は何を言っているんだ!」

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