書籍詳細

エリート魔術騎士とおちこぼれ治癒師の専属契約 ~番い運がない~

むぎごはん/著
明神翼/イラスト

定価 : 1,320円(税込)
発売日 : 2024/01/12

内容紹介

ずっと探し求めた、俺の運命――

治癒師のイオは低い能力のため、番い運にめぐまれず専属解消を繰り返していた。なぜか再度選ばれたのは、優秀な騎士・アークレイドだった。一番初めに専属を組まされ「運命の相手がいる」とあっさり拒否してきたアークレイド。しかし今回は、クールな眼差しで魔力を流すようにと、首筋を甘噛みされ奪うように魔力を吸い尽くされる。苦しさと彼の役に立てる喜びとに戸惑うイオ。ある日、押し倒され「俺の運命、おまえだけだ……」惹かれ合うように身体を重ねてしまい……。美麗の騎士×低ランク治癒師の一途に想う溺愛ラブ!

人物紹介

イオ=ミサリ

Cランクの治癒師。番い運がなく次が最後のチャンス。

アークレイド=ロエル

攻撃魔術騎士のエリート。七年前のイオの専属相手。

立ち読み



◇1 番(つが)い運がない


 俺には番い運というものがない。
 過去に組んだ相手は、どれも酷い男ばかりだった。
 無関心とか殴ってくるとか酒癖が悪いとかそういうのだ。
 思えば色々苦労してきた。

 ちなみに『番い』というのは、魔力の波長が合い、「専属」としてペアを組まされる相手のことだ。その親密な関係を、俗に『番い』と呼んでいる。
 俺は治癒の魔力を持っていて、過去に三度、攻撃系魔力を有する騎士と専属を組まされた。
 専属相手が決まったら、普通はその人とずっと番いでいるものだけど。
 俺の場合はどの相手とも上手くいかずに、すべて半年以内に破綻している。
 そんな風だったから、治癒師協会から新たに専属の辞令をもらった時には戸惑った。
 失敗ばかりしている俺に、もう一度専属を持てと言うのだろうか。
 どうせまた性格の合わない相手と組まされて、上手くいかずに解消となるのではないか。
 それに俺は、もう何年も前から魔力低下の症状を患っている。治癒能力は底を突きかけているような状態だ。
 こんな低い能力で、誰かの専属治癒師などちゃんと務まるのだろうか。
 それに、もしももう一度辞令を受けるのだとしたら、俺にとってはこれが四度目の専属ということになる。
 四度専属を失敗した治癒師は「不適合者」とみなされる。
「不適合者」となった者は、二度と専属相手を持たされることはない。場合によっては治癒師協会を除名されるらしい。
 もしかしたら、協会はさっさと俺を除名したいのかもしれない。
 だけど今、協会を除名されるのは非常に困る。
 なぜならば、俺は治癒師協会に多額の借金をしているからだ。
 協会からの借金には、「それ以降十年間、治癒師として登録されていれば帳消しにしてもらえる」というシステムがある。
 お金を借りたのは二年前のことだから、あと八年間は治癒師でいたい。
 もしも除名となり、お金を返せないとなった場合は、別の方法で働いて返すことを要求される。協会の方から、ちょっと過酷だが効率良く稼げる職を斡(あっ)旋(せん)されるらしいのだ。
 ちょっと過酷だけど稼げる職、とはいったいどういうものなのか。
 じつは以前、治癒師協会に関する書物で調べてみたことがあった。少し古い時代の書物にはこう記してあった。
『体力に自信のある者は魔鉱石採掘現場や辺境砦(とりで)の兵士の職を、体力に自信のない者には公共慰養施設での労働を斡旋している。』
 慰養施設とは、いわゆる性風俗宿のことだ。
 まずい。体力にはまったく全然自信がない。自分が斡旋されるとしたら慰養施設しかないのだ。
 あと八年間、何としてでも治癒師でいなければ。
 そう強く思っていた俺だけど、辞令書の中身を見て、その決意は大きく揺らぐこととなった。専属相手の名前の処にあったのは、知っている騎士の名だったからだ。
『辞令
 治癒師 イオ=ミサリ(二十四歳)
 貴殿には、南方砦騎士団所属攻撃魔術騎士 アークレイド=ロエル(二十九歳)の専属治癒師となることを命ずる』
 辞令書に書かれていた騎士の名は、俺が一番初めに専属を組まされた相手の名前と同じだった。
 まったく上手くいかなくて、たった三日で解消した相手だ。
 そんな相手と再び専属を組まされたって、上手くいくとは思えない。
 俺は辞令書を前に、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 俺が初めて専属治癒師として辞令をもらったのは七年前、十七歳の頃だった。
 自分に専属相手ができる。しかも相手は立派で優秀な騎士様だ。
 俺は期待と希望に満ちていて、そしてかなり舞い上がっていた。
 専属同士の関係は、他人が入り込めぬほど固い絆で結ばれる。永遠の伴侶のように支え合い、強く信頼し合うもの。そんな相手が突然自分にできるのだから、舞い上がらない方がおかしいだろう。
 俺は髪や爪を綺麗にし、肌の手入れも念入りにした。
『治癒師は見た目が美しいほど優秀で、番い相手にも大事にされる』
 などという迷信を子どもの頃に聞いたことがあって、俺はそれを信じていた。
 新しく仕立てた服を纏(まと)い、新調したばかりの靴を履いて、意気揚々と専属相手となる騎士のもとへと赴(おもむ)いた。
 だけど。
 騎士は俺との専属をあっさり拒否した。
「自分にはすでに心に決めた運命の相手が存在する」
 その騎士の、凛々しい表情には迷いがなかった。
 揺らぐことなく、ただ真っ直ぐに答えられた。
「申し訳ないが、おまえとは組めない」
 俺は納得がいかなくて、ちょっとでも考え直してほしくて、三日間くらい頑張った。
 せめて試用期間の二週間だけでいいから居させてほしい。傍で働かせてほしい。
 だけど、何を言っても無駄だった。少しでいいから、俺のことを振り向いてほしかったんだけど。
 最後には顔も合わせてもらえなかった。

 そんな相手と再び組んで、果たして上手くいくのだろうか。
 どうしよう。
 辞令を断ろうか。
 一瞬そんな迷いも生まれたけれど。
 だけど受けることにした。
 番い運がない。誰ともまともに組んだことがない。そんな俺だけど、これは最後のチャンスだと思う。
 一度くらい、ちょっとでいいから、専属治癒師としてちゃんと働いてみたい。
 それに、こんな魔力値の低い、上手くいかない自分では、辞令を拒否すれば即刻協会を除名されるに違いない。そうなると、その先に待ち構えているのは慰養施設での労働だ。
 何とかして頑張らなければ。
 治癒師として、できるところまでやってみよう。
 たとえまた、一瞬で撃沈することになるのだとしても。



◇2 雑務兵という仕事


 新しい職場は南方の街の果てにある「南の砦」だ。
 とても大きな砦で、要塞のような建物が迷路のように入り組んでいる。敷地も広くて緑も多い。端にいると向こうの端が全く見えない。
 街や村から少し離れた森の入り口にあり、魔物の脅威から街を護るという立ち位置にある辺境砦だ。
 魔物は森の奥に棲(す)むとされる。
 普段は森の奥に潜んでいるが、気まぐれに人の住む場所へ出てきて、人を襲うことがある。禍々(まがまが)しく怖ろしい姿をしていて、巨大な蟲(むし)のようだとたとえられることが多い。毎年何人もの人々が魔物に襲われて亡くなっている。
 そうした魔物の脅威から人々を護るために、王国は砦に騎士団を置き、魔力攻撃を使える騎士や兵士らを常駐させていた。
 このような砦は、国内にいくつか点在していた。魔物のよく出る森の傍には必ず設置されている。

 砦の中は予想していたよりも平穏だった。
 騎士らは秩序を守っているし、門は常時開放されている。
 砦の近くには工場や商店も点在しており、人の行き来が頻繁にある。
 この南の砦の周辺でも、魔物が出没することがあるようだ。荒れ地を隔てた先に森が広がっており、そこから這(は)い出して来るらしいのだ。
「ここは騎士団が優秀だから安全だ」と、砦を訪れた配達人たちが話しているのを先日聞いた。「なんと言っても、ここは国内四大砦の内のひとつだからな」と。
 国の南部にあるこの砦のことを、人々は「南の砦」と呼んでいる。

 南の砦へ来てからは、雑務兵という職で働いた。
『専属治癒師』という任務はあるけれど、普段は砦で与えられた仕事を行う。
 雑務兵という職は、「兵」と名がついているけれど、訓練とか実戦関連の仕事は一切なかった。厨房やクリーニングルームなど、人手不足の現場へ行かされ作業を手伝うのが主な業務で、簡単に言えば雑用係だ。
 砦のすぐ横にある、魔鉱石再生工場へ手伝いに行かされることもある。そこは古びた小さな工場で、一応王立の機関らしいが、今は砦が管理をしている。
 工場での作業は簡単だけど、体力的に結構きつい。周辺地域から集められ搬入されてきた古い魔石をひたすら洗って磨くのだが、腕が疲れるし水を使うから手が荒れる。だけど幸い工場は週に三日くらいしか稼働しない。石の搬入量が少ないからだ。
 砦北側にある広大な豆畑の水やりや、敷地内の草引きに駆り出されることもある。
 雑務兵は俺の他にも何人かいて、皆こういった作業には慣れているのか仕事が速い。
 俺はこれまでの職場では、どちらかというと事務系の仕事に就くことが多かった。簡単な帳簿付けや、書類を作るような仕事だ。
 だから最初は全然やったことのない作業ばかりで、いろいろ戸惑って大変だった。なかなか慣れることができなかった。
 けれどこれも、治癒師で居続けるためだと思い、汗水を垂らして頑張っている。
 部屋は、第二宿舎という四階建ての建物の、二一五号室を与えられた。
 宿舎は全部で三棟あり、それぞれの宿舎の一階に食堂がついている。好きな時間に食事が摂れるのは便利だが、混み合う時間帯は席の取り合いになるので大変だ。
 宿舎には小さな売店や理髪店もあって、普通に生活するのには困らないようになっている。
 室内はわりと広くて、左右の壁際にそれぞれシングルベッドと机と椅子が置かれている。部屋の中央奥には、左右のスペースを仕切るようにして棚も設置されている。簡易なシャワールームとトイレも付いている。
 どう見ても二人用の部屋なのだけど、今のところこの部屋の住人は俺ひとりだ。


 俺が南の砦に到着した日、アークレイドは出迎えに姿を現さなかった。
 事務所職員からの話では、仕事が忙しく手が離せないとのことだった。
 だけど何日経っても会いに来ない。砦に来て二週間が経つけれど、まだ一度もだ。
 普通は到着した時に騎士が出迎えに来てくれて、今後についての話し合いを行ったりするものだけど。部屋だって、専属同士は同室となるのが通常だけど。
 宿舎の部屋にも顔を出さないアークレイドは、俺のいる第二宿舎には住んでいない様子で、影さえ見かけない。
 アークレイドが忙しいのは確かだと思う。魔物討伐で大きな活躍をしただとか、今日も剣の技が冴えていたとか、たまに噂を聞くからだ。
 専属相手である俺のもとへ来ないのは、やはり俺と組むのが嫌だからだろうか。暗に拒絶を示しているのだろうか。
 七年前の時には、「運命の相手」がいるのだと言っていた。今でもその相手のことだけを大事にしたいのかもしれない。
 それか、俺のような低レベルの治癒師とは、関わり合いを持ちたくないだけなのかもしれない。
 本来ならば、新しい場所で働く場合、専属相手や同室者に、その職場でのルールなどを聞いたりするものだけど。今の俺にはそういう相手が不在なのだ。
 だけど幸い俺は過去に小さな砦で働いていたことが二度ほどあるから、砦での生活のことは分かっているつもりだ。騎士団内にはたいてい暗黙のルールのようなものがあるけど、そういうのも観察していればなんとなく分かる。
 食堂の特等席には古株の騎士しか座ってはいけないとか、下端職は廊下の真ん中を歩いてはいけないとか、そういうのだ。
 だから今のところは、そんなに困ってはいない。でも、慣れない場所で頼れる相手がいないというのは不安なものだ。本当は、少しでも早く専属相手に傍に来てほしいのだけど。

 こちらから相手のもとへ会いにゆく、ということも、この二週間で何度か考えたりもした。砦の事務所に問い合わせれば、アークレイドの部屋を知ることは可能だろう。
 だけど、会いに行ってまた「断る」とか「諦めてほしい」とか言われたら、と思うとどうにも怖くて足が向かない。七年前の拒否を思い出すと今でも身が竦(すく)む。
 もしも今、決定的な拒絶の言葉をもらってしまったら、俺はもうすべてを諦めて「不適合者」になるしかない。できればその時を少しでも遅らせたいと思う。

「オイ! ふらふら歩いてんじゃねえ!」
 突然ドン! と大柄な騎士にぶつかられて、俺は宿舎の廊下で派手に尻餅をついた。
 周りにいた騎士たちからは失笑が漏れる。
 俺はちゃんと隅っこを歩いていたつもりだけれど、もしかしたらぼうっとしていて真ん中に寄っていたのかもしれない。
 急いで立ち上がり、ぺこりと礼をして廊下の隅へと避(よ)けた。そうして騎士らが行ってしまうまで恐縮しながらその場で見送り、いなくなってからようやくほっとして歩きはじめる。
 アークレイドはどのように思っているのだろう。
 試用期間である二週間はもう過ぎてしまった。形式上では俺たちは、専属という関係が定まってしまったことになる。
 もしかして、書類上のみの関係としてやっていこうというつもりだろうか。
 世間にはそういう「仮面の番い」もあると聞く。書面の上では専属だけれど、実際は一切かかわり合いを持たない間柄のことだ。
 ある意味では、それも良いのかもしれない。それだったらあと八年間を、当たり障りなく過ごせるのかもしれない。
 ……だけど、せっかく番いになれたのに、他人のように過ごすだなんて、それではちょっと寂しい気がする。
 それと、俺の身体が持つかどうかという問題もある。
 手のひらには、先程尻餅をついた時にできた擦(す)り傷が、うっすらと血を滲(にじ)ませている。治癒師だったら簡単に治せるはずの怪我だけど……。俺はハンカチをあてがい握り込んで痛みを堪えた。
 俺の現在の治癒能力は、はっきりいってとても低い。
 何年も前から患っていた魔力低下症が、七年前からさらに進行しているからだ。
 魔力低下症は若いうちから魔力が減っていく原因不明の症状だ。
『魔力波長の合う相手との交流で、改善する可能性がありますよ。恋人との交流などでも、多少は効果がありますが』
 七年前に受診した時、若い医師が笑顔で教えてくれたけれど。
 波長の合う相手との交流。
 そんなもの、俺だって喉から手が出るほど欲しいんだ。ずっと求めているんだよ。だけどちっとも上手くいかない。
 二十四歳にもなって、こんな頼りない状態で、自分でも情けないとは思うけど。
 借金が帳消しになる三十二歳までの八年間を、このまま耐えられるかどうかなんて、俺にも全然分からない。



 その日は午後から、騎士棟倉庫に古い魔石を回収に行くよう言い付けられた。
 魔鉱石再生工場では、砦内で出た廃棄の石を定期的に回収する仕事も請け負っている。だいたい二か月に一度くらいの頻度で回収をしているらしい。
 俺の他に二人の作業員が回収作業に割り当てられた。砦内で出た古い魔石はすべて、騎士棟建物の半地下にある倉庫に集められているという。
 俺は力仕事にはあまり自信がないのだけれど、新人の立場で断るわけにもいかなくて、言われるままに従った。
 騎士棟に近づくのは初めてだ。この三週間、第二宿舎と仕事場を往復するだけの生活だったからだ。
 騎士棟は砦の南東側に建っている鈍色をした建物で、武骨で頑丈そうな造りをしていて見上げるほどにでかい。
 仲間の後を歩きながら、心なしか気が重くなっていくのを感じた。
 騎士とすれ違う頻度が高くなる。
 俺は騎士が苦手だ。大柄で高圧的で粗暴だからだ。
 もちろん、そうでない騎士もいることは知っている。けれどだいたいの奴らは、目が合っただけで面倒なことを言ってきたり、変に絡んできたりする。だから騎士とすれ違う時には、なるべく俯(うつむ)いて目を合わせないようにする。
 ふと、アークレイドに会ってしまったらどうしよう、という不安が頭をよぎった。
 もしも見かけてしまったら、どんな顔で、なんて言ったらいいのだろう。七年前に断られてからそれ切りで、まだ一度も顔を見てない。
 だけど、俺はすぐにその考えを打ち消した。
 こんなのどかな昼下がりに、アークレイドが騎士棟にいるとは考えにくい。
 彼は鍛錬場での訓練に参加しているか、街の警備や見回りの仕事に出ているに違いない。
 騎士棟に入ると、石造りの建物の中はひんやりとしていた。
 どこかから漏れ込む光のせいで意外と明るい。広いホールは天井が高くて、太い柱がずっと上まで続いている。
「古魔石を回収に来ました」
 一番年長の作業員が騎士棟事務所に声を掛けた。
「ああ。いま倉庫を開ける」
 少し間があり、事務所の奥から返事があった。低くて落ち着いた声だった。
 そうして事務所の出入り口から、一人の長身の騎士が姿を現した。
「すまないが、今回は少し量が多いんだ」
「すまない」と言いながらも、その騎士は少しもすまなそうな顔をしていない。淡々としている。ポーカーフェイスとでも言うのだろうか。
 その姿は七年前と変わらない。
 男らしい端正な顔立ちにアッシュブロンドの艶やかな髪、均整のとれた身体つき。七年前よりも精(せい)悍(かん)さが増して、より凛々しくなっているようにも見える。
 そこには、七年ぶりに見る専属相手であるアークレイドの姿があった。
 俺は緊張で脚が震えだすのを感じた。
 けれどアークレイドは、俺を見ても何の反応も示さなかった。他の二人の仲間と同様、俺の姿も見たはずなのに。
「三人いればなんとかなりそうだな」
 そう言ってアークレイドは背を向けて、建物の奥の半地下にある倉庫に向かって歩き出した。
 ……俺だと気付かなかったようだ。
 みんなの後ろを歩きながら、俺はぼんやりとそう思った。
 あれから七年の歳月が過ぎている。気付かなくても当然かもしれない。
 七年前、俺は背中まで伸ばした長い髪を、明るい色に染めていた。髪は毎日手入れをしていたから艶があり、他人から褒められることも多かった。肌も、今よりもずっと白くて血色が良かった。
 それに当時の俺は、自分の顔をそれほど悪くないと思っていたから、もっと前髪を上げて額を出すようにしていた。「治癒師は美しい方が愛される」という古臭い迷信を信じて、身綺麗にしていた。
 だけど今の俺は、そんな迷信はどうでもいいと思っている。結局好かれる者は好かれるし、嫌われる者は何をしたって嫌われるのだ。
 今は前髪だけは長めに垂らし、なるべく目元を隠すようにしている。眉の形や目つきがあまり良くないからだ。くすんだ茶色の髪は傷んでひどくパサついているし、肌も荒れてガサガサしている。
 そして、あの頃にくらべると今はずいぶんと痩せてしまった。あの頃はまだわりと食欲があって、もっと肉付きの良い身体をしていた。
 何よりも、七年前にあの騎士と専属でいたのはたった三日間だけだった。きっと俺のことなんて、きれいさっぱり忘れているのに違いない。
 ……気付かれないのであれば、それはそれで良いかもしれない。
 何も知らないふりをして、この場を当たり障りなくやり過ごして、このまま他人同士として距離を保ってやっていく。
 淋しいけれど、お互いの平穏のためにも、今はそれが良いような気がする。

 半地下にある広い倉庫の一画が、古い魔石置き場となっていた。
 古い魔石はちょうど木箱三つ分あった。騎士が一箱ずつ持ち上げて渡してくれる。
「じゃ、俺は先に戻ってるから」
 両腕で木箱を抱え、先輩作業員はそう言って、さっさと戻ってしまう。もう一人の作業員もそれに続いた。
 俺が最後に木箱を受け取ろうとしたら、少し間があった。
 こんな貧弱な奴に持てるのかと、不安に思われたのかもしれない。
「重いぞ」
 騎士が言うので、俺は身構えて頷いた。
 どさり、と木箱を渡された。
 本当に重かった。箱の中には石が山盛りに積まれていて、重さが両腕にのし掛かる。だけど手を放すわけにはいかない。
 受け取る時に一瞬指先が触れたけど、そんな事を気にしている余裕はない。別段失礼には当たらないと思う。
 それよりも早く工場へ戻らなければ。あまり遅くなるとドヤされるのだ。
 そう思って、俺は騎士に小さく礼をしてその場を去ろうとしたのだけれど。
「……おまえ」
 相手はそう言って、驚いたように俺の顔をじっと見た。
 もしかして、気付かれたのだろうか。
 俺が七年前の専属相手で、再び辞令を受けてここまでのこのことやって来た治癒師だということに。
「……っ」
 だけど、俺は無理矢理に視線を逸らした。
 見られているのが息苦しいと感じたからだ。
 今はこんなに草臥(くたび)れて薄汚れた姿をしている、貧相でしがない雑務兵だ。
 再度小さく礼をして、急いでみんなの後を追った。早くこの場を離れたかった。
 木箱は軋(きし)んで、みしみしと腕に喰い込んだ。けれど歯を喰いしばって耐えて歩いた。

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